平成30年7月豪雨 4

4.何はともあれ、直接行くほかない。ボランティアの募集はまだ始まっていなかったが(それどころではないのだろう。。。)、日本での活動日数も限られているので、早々に出発することにした。問題の滞在先も、従兄弟の話によると彼の家周辺は電気も回復し、水道も節水制限はあるものの支障はさほどないとのことで、泊めてもらえることになった。

 

東京駅から高速夜行バスで向かう道すがら、いろいろな思いが去来する。家族の様子はどうなのか?田舎のみんなは?どうして土手が複数個所も決壊したのか?テレビやネットのニュースでは専門家がバックウォーター現象などが要因のひとつと指摘していたが、そんなことは今に始まったわけではない。小田川もその下流で合流する高梁川も太古の昔から存在し、したがってバックウォーター現象も昔からあった。その対策のために土手は作られ存在し、またその機能を果たしてきた。問題は、どうして今になって土手が決壊したのかだ。

 

今回豪雨の前に帰省して、ひとつ違和感を持ったのは、土手と土手の間の河川敷がかつてのようにすっきりしておらず、桑や竹やその他の樹木が、両岸にかかる橋の高さを超えるほどに成長しすっかり森のようになっていたことだ。帰省中、一度甥っ子の迎えに地元の小学校から連絡があったため行ったのだが、その理由が橋の欄干に猿がいるのが目撃されたため、だった。猿なんぞ僕の小学生時代(ちなみに同じ小学校に通っていた)にはお目にかかったことがなかった。(もちろん近くの山にはいただろうが。)猿の生態に詳しいわけではないが、猿が人里に出没するようになったのは、河川敷の森林化もあったのかもしれない。

 

さらに土手自体も、僕が住んでいた頃は(高校卒業時まで)、きちんと土手の草が上から下まで草刈トラクターによって定期的に刈り込まれていた。が、今回見た土手は上から三分の一くらいまでが刈り込まれていただけだった。これも洪水シーズンだから中ほどは残していたのかも知れないが、家族によれば、かつてほどパトロールも草刈も行われていないようだった。

 

おそらくは、これらは管理主体(一級河川なのでこの場合は国土交通省?)の河川管理予算の削減の結果ではないかと思われた。河川敷の森林化にはいい面もあるのだろう、それ自体によって下流に水を”流れにくく”し洪水の影響を減少させる効果もあると聞いたことがある。でもこうした集中豪雨の場合、人における動脈硬化よろしく、森の木々たちが抵抗となり、水が滞留し、さらにバックウォーターにより水かさが上昇、よって通常以上の水圧がかかり、破裂・決壊したのではないか。もちろんこれは単なる素人考えで、具体的な数字を持っているわけではないが、河川敷の森林化は地元もかねてから懸念し、県や国に陳情がなされていたようだ。

 


バスは格安片道6000円の割りに三列で比較的広かったが、シートが僕には微妙に合わないのもあって、ほとんど眠れない。途中途中で止まるサービスエリアで降りて吸う空気が気持ちよかった。

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   兵庫辺りのサービスエリア。

 

悶々と考えながらも、翌朝7時半ごろ倉敷駅ターミナルに無事ついた。従兄弟のK君がピックアップに来てくれていた。